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私が見た復興の状況 [旅行の話]

5月1日のお墓参りの後、三陸沿岸の復興状況を確認しにいきまいた。
去年のGWに帰省したとき、八戸の蕪島~岩手県普代村の太田名部漁港まで現況の確認に行き、津波の被害に唖然としたものです。
あれから1年。どれだけ復興したのか、前回よりちょっと足を伸ばして島越まで行ってきました。

1.蕪島
この場所は去年と変わらずウミネコが産卵・抱卵していました。島についている白い点は全部ウミネコです(^^)
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ただ、周囲はかなりの被害をうけており、現在修復工事中。
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2.白浜海水浴場
津波で被害を受けた海の家は綺麗さっぱりなくなっていました。
砂浜もだいぶ戻ったような気がします。
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3.種市海浜公園
ここも壊れた建物を撤去し復旧が進んでいるように見えましたが、南側の門は閉じたまま。壊れたのか、もしものために閉めてあるのか・・・
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駐車場も車が入れないようにロープが張ってあったけど、人が完全に立ち入りが出来ない状況ではなかったので、ちょっとだけ中に入りました。照明が曲がったままになっているなど、手がついていないところもあり、まだまだこれから・・・という感じです。
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4.陸中八木駅付近
ここは、バラストが流されて線路が浮いた状態になってたり、踏切が破損していたり、保守用車両がひっくり返ってたりと、海沿いを走るJR八戸線が相当な被害を受けたというのを実感した箇所でもありました。
新しいバラストが敷かれ、信号機も新しいものが取り付けられ、橋も綺麗に塗装され(もしかしたら架けなおししたのか?)、駅舎もきれいに修繕されていました。
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地元 洋野町がどんなに3月17日の全線復旧を待ち望んでいたかが良く分かりますね。1年かかったんだもん。
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5.久慈市長内町舟渡海水浴場付近
県道268号線で野田へ向かう途中。まさに堤防・岸壁の工事中でした。
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ここから先はかなり細い道となります。GW明けには工事が始まり、通行止めになることもあるようなのでご注意ください。


6.三陸鉄道 陸中野田駅南側
防潮堤が決壊、三陸鉄道の線路と国道45号線を越えて街が完全に飲み込まれました。
当然、その時に45号線を走っていた車ものまれたそうです。(親戚談)
今でもまだ復旧しておらず、海が丸見えとなっています。
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いまのままだと台風などでの高波も怖い気がします。
本当はこのあたり、防風林も植えられていたのですが、全部流されてしまっています。

街側に目を向けると瓦礫は片付いているようですが、写真の奥のほうや野田港にはまだつみあがっています。ここにはたくさんの家があったのですが・・・当面は、ここに建物は建てないんじゃないかな・・・
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ちなみに、目の前の道路は国道45号線で、写真を撮ってたこの場所ももともとは建物があったところです。

7.普代小学校付近
普代浜への入り口の扉は閉ざされています。
かつてはキャンプ場、海水浴場があり、子供のころは泳ぎに来たものです。
川を挟んだ県道から遠目に見ると、松林もなくなり普代浜は見る影もなし・・・。
でも、この水門のおかげで、普代駅方面の集落は守られました。
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8.太田名部港
これが、集落を救った高さ15mの防潮堤。
子供のころにはこれが役に立つなんて想像すらしたことなかったけど・・・
いま見ると、神々しさすら感じます。
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で、ここから海側の県道を通って北山崎方面へ抜けるつもりだったのですが、そっちは通行止め。当面は山越えルートを通ることになりそうです。


9.明戸キャンプ場付近
ここも防潮堤が決壊したままとなっています。
すっかり荒地となっていますが、ここはキャンプ場だったんですよ・・・。
このちょっと先の海沿いに羅賀荘というホテルがあるのですが、津波の被害で閉館。廃業はしていないようですが、この先どうなるのでしょうか。
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10.島越駅手前
左側の山から右側のトンネルまで、橋脚ごと線路が流されたんでしょう。橋脚の残骸とトンネルが寂しくたたずんでいます。
ここも復旧に向けて工事が始まっていました。
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11.島越駅
ここに駅があったと知らなければ、単なる荒地にしか見えません。島越駅の駅舎があった場所です。
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多分このあたりが北リアス線で一番被害がひどいところじゃないのかな。ここは、道路を挟んで駅の目の前が海水浴場という、最高の立地条件の場所でした。
トンネルとトンネルの間にある高架橋の駅として存在し、車窓からの眺めもすごく良かったこの駅ですが、いまはその姿を見ることはできません。本当にやるせない気持ちでいっぱいになりました。
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かつての姿・・・もしネガで残っていたら、取り込んで後で追加します。


ここで、17:30ということで時間切れ。ここからそのまま県道を南へすすんで国道45号線へぶつかった大芦から八戸へ向けて帰ることにしました。

所感としては、見て歩く限りわずかずつではありますが復興に向けて前へ進んでいます。でも、元に戻るには10年20年単位になることでしょう。
なによりあちらこちらで見かけた、積み上げられた震災瓦礫の処分は一向にすすんでいないように思えます。この地域では福一の放射能の影響はないといってもいいでしょう。それなのに、ごみ処理能力に余裕があっても受入拒否をしている自治体の方、ぜひとも再考いただけないでしょうか。
ただ、これは隣県である青森県にも言えることで「青森市では慎重な姿勢を・・・」とかニュースで放送してたのをみて、情けないとおもいました。八戸市は自分のところの瓦礫処理に加えてやっているようで、自治体および地元企業が協力して処理しているようです。
結局は自分のところが被害を受けなきゃ真剣に考えないんだろうなー。
自分達の地域で何か起こっても、協力してくれないとなったら、どう思いますか?

ということで、復興まではまだまだ先は長い・・・というのが今の感想です。
自分には何もできないから、せめて地元にお金を落としていくことにします。
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